そして僕は43時間ぶりに自宅に帰って来たのだった

オフィスでの地獄のような43時間から解放された僕は,愛すべき窟たる僕の部屋に戻って来た.いくらリニューアルといってもこれは流石に理不尽じゃないのか?とか自分の放つ異臭とか、今月の収入は2倍くらいになりそうだな、とかそんな諸々のことは,これまた愛すべき僕のオフィスチェアに深く座り込んだ途端、疲労でそこら中に顔を出した思考のクレバスの中に滑落して行った.
これまた愛すべき僕のPowerMacG5マッキントッシュが真にマッキントッシュであったと言える最後のモデルだ─を起動して,僕は愛すべきFreeTEMPO中田ヤスタカをかけた.
しかし痺れきった僕の脳に音楽が入ってくるのは困難であるようだった,いや,痺れきった僕の脳は音楽を取り込むのを困難としているようだった.僕は愛すべきマルチメディアアンプのボリュームをひねった.僕の愛すべきTZR250 3MAと同じメーカの愛すべき僕のスピーカの振動は,心地よい風が吹く本郷通りを飛び越えて,向かいのマンションの壁に反射し,そしてこだまのように僕の耳に響いて来た.その時音楽は初めて僕の心への侵入を果たしたようだった.
2時間ぐらいかけて風呂に入ろう,風呂上がりには愛すべきLimocelloを辛口の白ワインでシェイクして飲もう.19時からはまたミーティングだ.いったいいくつの虫が発生しているだろう?僕はそんな考えを,今度は,自分の手で,クレバスに突き落とした.